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那覇地方裁判所 昭和49年(ワ)135号 判決

原告 金城嘉四郎 ほか二名

被告 国

訴訟代理人 島尻寛光 ほか二名

主文

被告は原告金城嘉四郎に対し金一八三九万四〇八六円、同国吉真徳に対し金一三五四万三三四二円、同謝花建松に対し金五九九万六二〇八円および右各金員に対する昭和三九年五月一二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

一  原告ら

主文同旨の判決および仮執行の宣言

二  被告

原告らの請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

第二当事者双方の主張

一  原告らの請求原因

(一)  (本件物品税の課税)

原告らは生鮮魚介類の輸入販売を業とする者であるが、原告金城は別紙別表(一)記載のとおり一九五九年(昭和三四年)二月一三日から一九六四年(昭和三九年)五月一一日までの間に価格合計金三〇万一五四二ドル四七セント相当のさんま、あじ、きば、いか、きびなご、かじき、しいら、ふかを、同国吉は別紙別表(二)記載のとおり一九五九年(昭和三四年)二月二〇日から一九六四年(昭和三九年)五月八日までの間に価格合計金二二万二〇二二ドル二三セント相当のさんま、あじ、きば、いか、きびなご、かじき、ふか、にしんを、同謝花は別紙別表(三)の記載のとおり一九六〇年(昭和三五年)一一月二九日から一九六四年(昭和三九年)五月二日までの間に価格合計金九万八二九八ドル七二セント相当のさんま、あじ、きば、いか、きびなごをそれぞれ輸入したが、当時の那覇税官所属の関税官らは、旧物品税法(一九五二年立法第四三号、一九五八年一〇月二七日高等弁務官布令第一七号により改正されたもの、以下これを旧物品税法という)第一条別表第三類第一三号に「生鮮魚介類、ただし、第七三号に掲げるものおよび琉球内生産品、繁殖用および漁業用餌を除く。うなぎ、ます、かき、はまぐり、このしろ、しろ貝、小えび、伊勢えび、しじみ、つのがい、あわび、かいばしら、とりがい、あかがい、たこ、なまこ、こい、もろこ」と規定され、前記輸入の生鮮魚介類はいずれも規定されていないにもかかわらず、同号所定の物品に該当するとして、同法第二条所定の物品の価格の二〇パーセントを物品税として課し、且つ当該物品税を納付しない限り輸入した当該物品の保税地域からの引取を許可しない取扱いをしていたので、原告らは前記輸入の生鮮魚介類について納税の申告をなし前記割合による物品税を納付したが、その額は後記(四)(損害)に記載のとおりである。

(二)  (課税行為の違法性および関税官らの過失)

那覇税関所属の関税官らが、原告らの前記輸入の生鮮魚介類を旧物品税法第一条別表第三類第一三号所定の生鮮魚介類に該当するとしたのは、同号掲記の各物品を例示的列挙であると解したからであるが、かかる解釈は租税の種類、その根拠はもとより納税義務者、課税標準、税率等のすべてを法律により定めることを要する租税法律主義の原則に照らして明らかに違法であり、しかも、通常の関税官としてはかかる解釈をしないものである。したがつて同号につき右のような解釈をなし、原告らに対してなした前項の課税行為は違法であり、また、これにつき那覇税関所属の関税官らには過失があるといわざるをえない。

(三)  (被告の責任)

当時の那覇税関所属の関税官らは、沖縄の復帰前の琉球政府の公務員であるが、その職務を行うについて、前記(二)(課税行為の違法性および関税官らの過失)に記載の過失により前記(一)(本件物品税の課税)に記載の違法な行為をなし、よつて、原告らに損害を与えたものであるから、琉球政府は政府賠償法(一九五六年立法第一七号)第一条第一項により原告らに対しその損害を賠償すべき義務を負うに至つたが、沖縄の復帰後においては沖縄の復帰に伴う特別措置に関する法律(昭和四六年一二月三一日法律第一二九号、以下特別措置法という)第三一条により、被告が琉球政府の負担した右義務を承継したので、被告は原告らの蒙つた損害を賠償する責任がある。

(四)  (損害)

原告金城は別紙別表(一)の「納付した税額」欄記載のとおり一九五九年(昭和三四年)二月一三日から一九六四年(昭和三九年)五月一一日までの間に物品税として合計金六万〇三〇八ドル四八セント、同国吉は一九五九年(昭和三四年)二月一〇日から一九六四年(昭和三九年)五月八日までの間に物品税として合計金四万四四〇四ドル四〇セント、同謝花は一九六〇年(昭和三五年)一一月二九日から一九六四年(昭和三九年)五月二日までの間に物品税として合計金一万九六五九ドル七〇セントをそれぞれ当時の琉球政府内政局(一九六一年八月一日以降企画局所轄主税庁となる。)那覇税関に納付し、それぞれ右同額の損害を蒙つた。

(五)  (結論)

よつて、被告は原告金城に対し金六万〇三〇八ドル四八セントを沖縄の復帰に伴い一ドルを三〇五円の日本円に換算した金一八三九万四〇八六円、同国吉に対し金四万四四〇四ドル四〇セントを右同様換算した金一三五四万三三四二円、同謝花に対し金一万九六五九ドル七〇セントを右同様に換算した金五九九万六二〇八円の損害金および右各金員に対する本件損害発生の後である昭和三九年五月一二日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

二  被告の請求原因事実に対する認否

(一)  請求原因(一)記載の事実はこれを認める。

(二)  同(二)記載の事実中、当時の那覇税関所属の関税官らが旧物品税法第一条別表第三類第一三号を原告らの主張のとおり解釈したことは認めるがその余の事実を否認する。

附言するに、当時の那覇税関所属の関税官らは同号に列挙されている生鮮魚介類の品目が例示的なものか制限的なものかについて疑義が生じ米国民政府にこれを問い合せたところ、同政府は一九五八年(昭和三三年)一二月四日琉球政府に対し、すべての生鮮魚介類は同号により課税しうるものであり、同号に列挙されていない品目を課税品目から除外するのは右布令(前記一九五八年一〇月二七日高等弁務官布令第一七号)の意図するところではない旨を書簡をもつて回答し、また、同政府はかさねて一九六三年(昭和三八年)一月三〇日にも右解釈が正当であり、拘束力を有する旨の書簡を寄せて、右解釈に基づいて措置すべきことを指示し、更に、一九六四年(昭和三九年)五月一二日にはこれまでの前述のような課税行為が有効であるとの高等弁務官布令第一七号をもつて公布してきたが、当時、米国民政府は、琉球政府の行政府に対してその各行政分野にわたり無数の書簡を発して米国民政府の意を体する行政を行わしめ、現実には、書簡は法令と同等の威力と通用力を有していたので、琉球政府の税務当局も右書簡に従わざるを得なかつたのであつて、当時の関税官らの右解釈をもつて過失があるとはいえない。なお、当時の琉球政府裁判所においても過納金として返還請求を認める判決とこれを認めない判決と二分されており、これからみても関税官の右行為に過失があるとすることはできない。

(三)  同(三)記載の事実は認めるが、その主張は争う。

(四)  同(四)記載の事実中、原告らの納税額についでは積極的に争わず、またその余の事実はこれを認める。

三  被告の抗弁

(一)  (損害賠償請求権の不存在の抗弁)

本訴請求は、実質上は原告らの物品税の過誤納金の還付を求めるものであるから琉球政府租税徴収法(一九六七年立法第一〇二号)に基づく過誤納金の還付請求によるべきであるが、原告らの右過誤納金の還付請求権は同法一七六条所定の五年の消滅時効の完成により消滅しているので、これを損害賠償請求に名をかりて求めても許されない。

(二)  (短期消滅時効の抗弁)

原告らは、過誤納の本件物品税につき昭和三七年一〇月一一日琉球税関長に対し租税徴収法(一九五二年一二月八日立法第五九号)五〇条に基づき再調査請求をし、更に、昭和三八年二月八日琉球政府主税庁長に対し租税徴収法五一条に基づき審査請求をして同年四月一日右審査請求を却下されている。従つて原告らとしては加害者および当該損害の発生については昭和三八年四月一日にはこれを知つていたものというべきであり、右期日より三年を経過したときに原告らの琉球政府に対する損害賠償請求権は時効によつて消滅したものである。よつて、被告は本訴において右消滅時効を援用する。

四  原告の抗弁事実に対する認否

(一)  抗弁(一)記載の事実は認めるがその主張は争う。

(二)  同(二)記載の事実中、原告らが被告主張の日に加害者および当該損害の発生を知つていたことは否認するが、その余の事実はこれを認める。

附言するに、原告らが本件損害の発生を知つたのは次のとおり昭和四八年一二月三〇日以降であり、本訴提起はその三年以内になされたものである。すなわち、原告らの輸入生鮮魚介類が旧物品税法第一条別表第三類第一三号に該当する物品か否かについて法的紛争があり、福岡高等裁判所那覇支部一九六九年(行コ)第二八号過誤納金還付請求控訴事件(控訴人名護製氷株式会社外二名、被控訴人国)の判決において、同号掲記の物品は制限列挙であつて本件物品は同号に明示されておらずこれに該当する物品でない旨判示され、右判決は昭和四八年一一月一六日に確定し、原告らは右判決の確定後の同年一二月三〇日ころ、関税官らが本件物品を同号に該当する物品として前記請求原因(一)(本件物品税の課税)に記載のとおりの取扱をなしたことが違法であることを確知したものである。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  (請求原因に対する判断)

(一)  請求原因(一)(本件物品税の課税)の事実については当事者間に争いがない(但し、納税額の点は除く)。

(二)  そこで同(二)(課税行為の違法性および関税官らの過失)について検討する。

(1)  まず、当時の那覇税関所属の関税官らが旧物品税法第一条別表第三類第一三号を原告ら主張のとおり解釈したことは当事者間に争いがなく、〈証拠省略〉によると旧物品税法第一条別表第三類第一三号の別表に掲げられた一九種の品目は例示的列挙ではなく制限的列挙であつて、原告らの前記輸入鮮魚類が右品目に該当しないことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

右事実によると、前記原告らの輸入鮮魚類に対する関税官らの課税行為は違法といわざるをえない。

(2)  次に、右関税官らの過失につき考えるに、〈証拠省略〉によつて認められる旧物品税法の前記条項についての立法過程と租税法律主義の適用として、納税義務者に不利益に条文を類推ないしは拡張解釈することは厳に慎しむべきという原理からすると、租税法適用の専門職である関税官としては旧物品税法第一条別表第三類第一三号の別表品目が制限列挙であり原告らの前記輸入鮮魚がこれに該当しないと解するのが通常であるから、右品目を例示列挙と解してなした前記課税行為には過失があるといわざるをえない。

なお、被告の主張によると、旧物品税法の前条項の解釈については、琉球政府の上部機関である米国民政府から琉球政府に対して三回にわたり書簡をもつて同条項の別表を例示列挙であるとし、原告らの掲げる鮮魚は同表の品目にあたるとの解釈に基づいて課税を指示してきており、当時の米国民政府の琉球政府に対する影響力からみて、これに従つた関税官には過失がないというが、確かに、かかる事情の下では当該関税官に対し琉球政府として内部的に本件課税行為につき責任を問うのは酷であるとはいえるであろうが、前記関税官の過失の程度からみるとき、内部的にかかる事情があつたからといつて、違法な課税処分により損害を受けた原告らに対する関係において過失がないということはできない。

また、被告は当時の琉球政府裁判所においても右解釈に異なる判決があつたので関税官には過失がない旨主張するが、仮りにそのような判決があつたとしても、前記過失の程度からみて前記関税官らの過失の認定を左右できるものではない。

他に前記認定を覆し前記関税官に過失がないと認めるに足りる証拠もない。

(三)  同(三)(被告の責任)記載の事実は当事者間に争いがない。

そうだとすると、前記(二)のとおり関税官らの過失により法令の解釈を誤り、違法な課税行為をなしたものであるから琉球政府は政府賠償法一条一項により原告らの蒙つた損害を賠償すべき責任があつたところ、沖縄の復帰に伴い特別措置法三一条により被告は琉球政府の右賠償義務を承継したものであるから、原告らの蒙つた損害を賠償すべき責任がある。

(四)  同(四)(損害)記載の事実中、原告らの納税額については被告において明らかに争わないから自白したものと看做することができ、また、その余の事実については当事者間に争いがない。

二  (抗弁に対する判断)

(一)  抗弁(一)(損害賠償請求権の不存在)について

被告は、本訴請求は実質上物品税の過誤納金の還付を求めるものであるから租税徴収法所定の還付請求によるべきであるのに、右請求権が時効によつて消滅したためこれを損害賠償請求に名をかりて求めるもので許されない旨主張するが、本訴請求は課税処分の違法を基因とする損害賠償請求であり、これは政府賠償法一条一項に基づく私法上の権利であるから公法上の租税徴収法所定の過誤納金の還付請求がその消滅時効により請求できなくなつたからといつて、本訴請求までできなくなるいわれはない。もつとも、政府賠償法五条によると「政府又は公共団体の損害賠償の責任について民法以外の地の立法に別段の定めがあるときは、その定めるところによる」とあるが、右租税徴収法にはかかる別段の規定は存しない。

従つて、被告の右抗弁は採用し難い。

(二)  抗弁(二)(短期消滅時効の抗弁)につき検討する。

被告は、原告らが過誤納の本件物品税につき昭和三八年二月八日琉球政府主税庁長に対し租税徴収法五一条に基づき審査請求をし同年四月一日右審査請求を却下されたので、原告らとしては加害者および当該損害の発生について右期日にはこれを知つていた旨主張するが、民法七二四条所定の「損害を知りたる時より」という趣旨は被害者が単に損害の発生を知るのみでは足りず、それが違法な行為により発生したものであることを知つた時を意味するものであるが、被告主張の琉球政府主税庁長による過誤納金還付請求に対する審査請求が却下されたという事実からすると原告らとしては直ちに原告らが前記輸入鮮魚に対する課税行為を違法であると確信したとはいえないし、却つて、前記認定のとおり関税官が旧物品税法第一条別表第三類第一三号につき米国民政府の指示を受けて適法と解している態度および〈証拠省略〉によると、原告らは、右審査請求却下の段階で裁判所に対して、本件課税行為の違法性を主張して救済を求めることには問題があり、関税官の本件課税行為には不満はあるが已むをえないものとその適法性を肯認して、本件につき裁判所に対する過誤納金還付の請求訴訟を断念したこと、ところが昭和四八年一〇月三一日、福岡高等裁判所那覇支部において、同支部一九六九年(行コ)第二八号過誤納金還付請求控訴事件(控訴人名護製氷株式会社外二名、被控訴人国)につき、旧物品税法第一条別表第三類第一三号の別表掲記の品目は制限列挙であり、これに明記のない輸入鮮魚はこれに該当しないとの理由で原判決を変更して控訴人らの過誤納金還付請求を認容した判決がなされ、原告らはこの判決が昭和四八年一一月一六日確定したことを同年一二月三〇日ころはじめて知り、本訴請求に踏切つたことを認めることができ、右事実によると原告らが前記原告らの輸入鮮魚に対する課税行為が違法であると知つたのは原告ら主張のとおり昭和四八年一二月三〇日以降であるというべきである。

他に右認定を覆し、被告ら主張の時点において原告らが本件課税行為を違法であると確知したと認めるに足りる証拠はない。

したがつて、被告の右抗弁は採用できない。

三  (結論)

叙上の事実によると、被告は原告金城に対し金六万〇三〇八ドル四八セントを沖縄の復帰に伴い一ドルを三〇五円の日本円に換算した金一八三九万四〇八六円、同国吉に対し金四万四四〇四ドル四〇セントを右同様換算した金一三五四万三三四二円、同謝花に対し金一万九六五九ドル七〇セントを右同様換算した金五九九万六二〇八円および右各金員に対する本件損害の発生の後である昭和三九年五月一二日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よつて、原告らの本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。なお、仮執行の宣言についてはその必要がないからこれを付さないこととする。

(裁判官 山口和男 喜如嘉貢 仲宗根一郎)

別表(一)、(二)、(三)〈省略〉

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